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 南大沢文化祭 南大沢フィルハーモニー 第19回定期演奏会

[日 時] 2026年11月22日(日)午後2時開演
    (午後1時半会場)
[場 所] 八王子市南大沢文化会館 主ホール
 電車:京王相模原線「南大沢駅」徒歩3分
 バス:京王バス「南大沢四丁目」徒歩1分
※専用駐車場がございませんので、公共交通機関をご利用ください。

プログラム解説

ラフマニノフ作曲 ヴォーカリーズ

セルゲイ・ラフマニノフの『ヴォカリーズ』(ロシア語: Вокализ、フランス語: Vocalise)作品34-14は、1915年に作曲・出版されたピアノ伴奏付きの歌曲。 歌詞のないヴォカリーズで歌われる旋律と、淡々と和音と対旋律とを奏でていくピアノの伴奏が印象的である。ロシア語の制約を受けないためもあって、ラフマニノフの数多ある歌曲の中でも、最もよく知られた曲となっている。 また、作曲者自身による管弦楽版をはじめとしてさまざまな楽器のために編曲され広く演奏されており、調性についても原曲の嬰ハ短調のほか、ホ短調、イ短調のものなどがある


作曲の経緯

13の歌曲集
『ヴォカリーズ』の作曲に先立ち、まずピアノ伴奏付きの歌曲集である『13の歌曲集』作品34が1912年に完成し、1913年にグートヘイリ(英語版)社から出版されていた。 この歌曲集はラフマニノフが1912年2月から文通を始めた若い女性の詩人マリエッタ・シャギニャン に紹介された詩などにより、 同年夏までにイヴァノフカ(ロシア語版)において作曲された。

13曲のうち10曲が当時の有名な歌手(4曲がバス歌手のフョードル・シャリアピン、5曲がテノール歌手のレオニード・ソビノフ(英語版)、1曲がソプラノ歌手のF.V.リトヴィーン(英語版))に献呈されており[3]、残る3曲のうち1曲はシャギニャン、2曲は故人(作曲家ピョートル・チャイコフスキーと、1910年に急逝した女優ヴェラ・コミサルジェフスカヤ[注 7]に捧げられている。


ヴォカリーズ
『ヴォカリーズ』は、作品34がいったん完成した後、その後続作品としてモスクワで作曲された。最も古い手書きの草稿には「1915年4月1日」の日付があり、この年に作曲されたものと考えられている。 作品34は『ヴォカリーズ』が終曲として追加されたことにより『14の歌曲集』となった。

1916年2月6日(当時ロシアで用いられていたユリウス暦では1月24日)にモスクワで行われた「クーセヴィツキー・コンサート」において、『ヴォカリーズ』はアントニーナ・ネジダーノヴァのソプラノ、作曲者のピアノ伴奏により初演され、成功を収めた。なお、作品は初演者のネジダーノヴァに献呈されている。

初演が行われた後、ラフマニノフは友人フォン・ストルーヴェ (Николай Струве) からの提案を受けて、『ヴォカリーズ』を管弦楽用に編曲した。これには、「ソプラノ独唱と管弦楽」による原調の版と、「管弦楽のみ」によるホ短調の版の2種類がある。 その後、アルカディ・ドゥベンスキー(ロシア語版)による「ソプラノと管弦楽」・「弦楽合奏」の2種の編曲、ヘンリー・ウッドによる管弦楽編曲などが行われ、 現在ではピアノ伴奏による器楽ソロやピアノ独奏、果ては無伴奏サクソフォーンのものやテルミンによるものまであり、およそ編曲対象になっていない楽器がないのではないかと思わせるほど、多様な編曲が行われている。


楽曲について

特徴
ロシア音楽に共通の愁いを含んだ調べは、この作品においては、バロック音楽の特色である「紡ぎ出し動機(英語版)」の手法によっており、短い動機の畳み掛けによって息の長い旋律が導き出されている。鍵盤楽器による伴奏が、もっぱら和音の連打に徹しながら、時おり対旋律を奏でて、瞬間的なポリフォニーをつくり出しているのも、初期バロックのモノディ様式を思わせる。旋律の紡ぎ出し部分は、ラフマニノフが愛したグレゴリオ聖歌《怒りの日》の歌い出し部分の借用にほかならない。また、拍子の変更こそ散見されるものの、(ロシア五人組の特徴である)不協和音や旋法の多用を斥けて、古典的な明晰な調性感によっている。西欧的な手法や素材を用いながらも民族的な表現を可能たらしめているところに、ラフマニノフの面目躍如を見て取ることが出来る。

音域
原調は嬰ハ短調であり、出版譜では、ソプラノ又はテノールのためと明記されているものの、実際にはたいていリリック・ソプラノによって歌われ、テノール歌手が取り上げることはほとんどない。また最近では稀にボーイソプラノやカウンターテナーによっても上演・録音されている。高音は三点嬰ハ音にまで達するが、二点イで止まる別の案も作曲者によって提案されており、楽譜上には両方が書かれている。他の歌曲やオペラ・アリアと同様、現代では大抵高い方の旋律が歌われる。


編曲の数々

ラフマニノフの『ヴォカリーズ』は作曲者の生前から非常に人気が高く、さまざまな形に編曲されてきた。

●管弦楽伴奏つき合唱版:ノーマン・ルボフ版とウォルター・ストッフ版。
●管弦楽伴奏つきソプラノ独唱版:アルカディ・ドゥベンスキー版。
●管弦楽版:ラフマニノフ本人の編曲版(ホ短調)。ほかにモートン・グールド版、クルト・ザンデルリング版とホセ・セレブリエール版。
●ピアノ独奏版:少なくとも、アラン・リチャードソン版、コチシュ・ゾルターン版、アール・ワイルド版の3種がある。ワイルド版は、19世紀ヴィルトゥオーソのトランスクリプションの伝統を引いた華麗な編曲で知られており、リチャードソン版は、原曲に装飾や音域移動を施している。コチシュ版は、中間部までは原曲に忠実であるが、再現部になって装飾変奏や和声の変更が加えられる。コチシュ版に関して、田部京子が独自の解釈で、リチャードソン版に似た、より単純な再現部にアレンジして演奏、録音している。コチシュ版は、ラフマニノフ自身の「チャイコフスキーの子守唄」の編曲様式(1941年)を意識的に踏襲している。
●2台ピアノ版:ヴィトヤ・ヴロンスキー版
●ヴァイオリン独奏版(ピアノ伴奏):ヤッシャ・ハイフェッツ版(ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ編曲によるチェロ版は、ハイフェッツ版の再編曲)
●チェロ独奏版(ピアノ伴奏):ヴォルフラム・フーシュケ版
●コントラバス独奏版(ピアノ伴奏):オスカー・ツィメルマン版(ホ短調)
●フルート独奏と管弦楽伴奏版:チャールズ・ガーハート(英語版)版
●サクソフォーン版:ラリー・ティール版
●ファゴット版:レナード・シャロウ版
●トランペット版:ロルフ・スメドヴィグ(英語版)版
●トロンボーン版(ピアノ伴奏):クリスティアン・リンドベルイ版
●テルミン版:クララ・ロックモアの録音
●シンセサイザー版:冨田勲の録音
●無伴奏声楽版(混声合唱):ボリス・テヴリン(Boris Tevlin)指揮による録音


「ヴォカリーズ (ラフマニノフ)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 最終更新 2025年10月15日 (水) 21:05 、URL: http://ja.wikipedia.org )より引用

プログラム解説

プロコフィエフ作曲 交響曲1番「古典」

『古典交響曲』(こてんこうきょうきょく、フランス語: Symphonie Classique)ニ長調 作品25は、ロシアの作曲家セルゲイ・プロコフィエフが1916年から1917年にかけて作曲した交響曲である。大胆な転調などプロコフィエフ独自の作風が見られるが、全体はハイドンの技法に基づいた18世紀風の音楽として書かれている。作曲者自身によって最初の交響曲と見なされた作品であり、交響曲第1番『古典』とも表記される。

4つの楽章からなり、演奏時間は約15分。オーケストラの編成は二管編成が採られている。


作曲の経緯
セルゲイ・プロコフィエフはサンクトペテルブルク音楽院在学中から2曲のピアノ協奏曲をはじめとする作品を発表しており、1914年、23歳のときに同音楽院を優秀な成績で卒業した。

彼はピアノを弾いて音を確かめながら作曲することを常としていたが、頭の中だけで音楽を練り上げた方が良い楽想や響きが得られると考えており、交響曲の全ての楽章をピアノに頼らずに作曲してみたいという気持ちを抱いていた。この「難しい旅」への挑戦を実行に移すにあたって、プロコフィエフは在学中にニコライ・チェレプニンの教室で研究したハイドンの作曲技法をもとに「もしもハイドンが今でも生きていたら書いたであろう作品」に取り組むことを思い立ち、そのタイトルを『古典交響曲』とした。

『古典交響曲』は、1916年の段階で第3楽章「ガヴォット」が完成し第1楽章と第2楽章のスケッチが出来ていた。翌1917年に二月革命が始まると、プロコフィエフはペトログラード(現サンクトペテルブルク)の市街地を離れて近郊の田舎でこの年の夏を過ごし、ここで『ヴァイオリン協奏曲第1番』と並行して『古典交響曲』の作曲を進めた。プロコフィエフは田舎道を散歩しながら頭の中だけで作曲したという。


初演・出版の経緯
『古典交響曲』の初演は、1918年4月21日にペトログラードにおいて、作曲者が指揮する元ロシア帝室オーケストラによって行われた。聴衆は1916年に初演された『スキタイ組曲』のようなモダンな作品を期待していたが、プロコフィエフが一転して軽快で解り易く美しい作風を示したことに驚いたとされる。この初演から約半月後の5月7日、プロコフィエフは『スキタイ組曲』や『ピアノ協奏曲第1番』などとともに『古典交響曲』の楽譜を携えて旅立ち、ウラジオストックからロシアを出国、日本を経由してアメリカ合衆国に亡命した。

その後、音楽的に保守的なアメリカに嫌気が差したプロコフィエフは1923年からはパリで暮らすようになる。1925年には指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーが創設した「ロシア音楽出版社(Editions Russes)」から『古典交響曲』の楽譜が出版された。また、プロコフィエフは1931年に『古典交響曲』全曲のピアノ編曲を行っている。

「交響曲第1番」としての位置づけ
プロコフィエフは『古典交響曲』に先立ち、サンクトペテルブルク音楽院時代の1908年にホ短調の交響曲を作曲していたが、オーケストレーションが良くないため響きが悪く、未熟な作品であると判断してアンダンテの楽章を残して破棄している。また、1909年には『シンフォニエッタ』作品5が作曲されている。この曲は小さな編成のオーケストラによる明快な音楽を目指しており、『古典交響曲』と同じ路線の作品であるが演奏機会に恵まれず、後にプロコフィエフは「この2つの作品がこんなに違った運命をたどるのが理解できない。」と語っている

『古典交響曲』については、プロコフィエフは当初、厳密には「交響曲」と呼べない作品であると考えていたが、思い直してこれを自身の最初の交響曲に位置づけることとし、1925年に作曲した次の交響曲を『交響曲第2番』とした。



楽器編成
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ3、弦五部

曲の構成
以下の4つの楽章で構成される。演奏時間は約15分。編成や形式など古典的なスタイルの音楽となっているが、単なる模倣ではなく、大胆な転調や和声の使い方などにプロコフィエフらしさが表れている。しかし、プロコフィエフにとってこのような作風は一過性のものであり、彼はイーゴリ・ストラヴィンスキーの新古典的な音楽については否定的であった。

第1楽章 アレグロ
ニ長調、2分の2拍子、ソナタ形式。
第1主題はニ長調で現れた後ハ長調で確保される。フルートによる推移主題を経て第2主題が属調のイ長調で提示され、冒頭の音型から派生した小結尾(譜例)が続く。提示部の反復は行われず、1小節の全休止の後に展開部に入る。再現部では第1主題が主調のニ長調ではなくハ長調で再現され、推移主題の再現からニ長調に戻る。

第2楽章 ラルゲット
イ長調、4分の3拍子、三部形式。
譜例の前奏に始まり、主部と中間部の動機を核としている。強弱をつけて比較させるやり方に古典派音楽の特徴が色濃く現れている。

第3楽章 ガヴォッタ:ノン・トロッポ・アレグロ
ニ長調、2分の2拍子、ソナタ形式。
第1主題はニ長調で現れた後ハ長調で確保される。フルートによる推移主題を経て第2主題が属調のイ長調で提示され、冒頭の音型から派生した小結尾(譜例)が続く。提示部の反復は行われず、1小節の全休止の後に展開部に入る。再現部では第1主題が主調のニ長調ではなくハ長調で再現され、推移主題の再現からニ長調に戻る。

第4楽章 フィナーレ:モルト・ヴィヴァーチェ
ニ長調、2分の2拍子、ソナタ形式。
第4楽章については最初に書かれたバージョンが破棄され、完全に作り直されて現行のものとなった。書き直す際にプロコフィエフは短調の和音を避けることに努めたとされる。ニ長調の分散和音による第1主題で開始され、この楽章では提示部が反復される。展開部では結尾主題(譜例)のストレッタが聞かれる。


「交響曲第1番 (プロコフィエフ)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 最終更新 2023年11月3日 (金) 16:34 、URL: http://ja.wikipedia.org )より引用

プログラム解説

ベートーベン作曲 交響曲8番

交響曲第8番 ヘ長調 作品93(こうきょうきょくだい8ばん ヘちょうちょう さくひん93)は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲した8番目の交響曲。


概要
1814年2月27日、交響曲第7番などとともに初演。7番のほうに人気が集中したのに対しベートーヴェンは「聴衆がこの曲(8番)を理解できないのはこの曲があまりに優れているからだ」と語ったという。ベートーヴェンの交響曲の中では比較的小規模で、従来の古典的な形式に則っているが、独創的な工夫と表現にあふれている。

なお、ベートーヴェンの9曲の交響曲のうち、この曲のみ誰にも献呈されなかった。

楽器編成
フルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 2、トランペット 2、ティンパニ、弦五部。
初演は木管楽器が倍で、楽譜には無いコントラファゴットが2本も追加されるなど大編成で演奏された。

曲の構成

第1楽章 Allegro vivace e con brio 4分の3拍子 ヘ長調
ソナタ形式(提示部反復指定あり)。序奏がなく、いきなり華やかなトゥッティで始められる。古典的な印象を受けるが、第2主題が6度の平行長調であるニ長調を通り、かつワルツ調に提示されるなど、工夫が見られる。スフォルツァンドを多用し、ヘミオラでリズムを刻む展開部はベートーヴェンには珍しく手短にまとまっているが、その分非常に密度が濃くなっている。有名な第5交響曲の第1楽章第1主題と同じ「タタタタッ」の形をオクターブに跳躍させてリズムをとっているのが特徴的である。再現部では、トゥッティがfffで鳴り響く中で低弦が第1主題を再現するが、音のバランスをとるのが難しく、指揮者の腕の見せ所となっている。第1主題の動機で曲を締めくくるのは第9の第1楽章とおなじである。
第5番の第1楽章同様ほとんどの演奏例で提示部が反復されている。

第2楽章 Allegretto scherzando 4分の2拍子 変ロ長調
展開部を欠くソナタ形式。ハイドンの『時計』交響曲の第2楽章と同様に、木管がリズムを刻む中、弦により歌唱的な主題が歌われる。愛らしい楽章である。この交響曲は同時初演となった交響曲第7番同様、緩徐楽章を欠いており、第2楽章を実質的なスケルツォとする解釈もある。メトロノームの考案者メルツェルに贈ったカノン『親愛なるメルツェル』WoO 162の旋律を転用したと言われていたが、近年では、交響曲が先行しており、カノンはアントン・シンドラーによる偽作とする説が有力となっている。

第3楽章 Tempo di Menuetto 4分の3拍子 ヘ長調
ニ長調、4分の4拍子。
古典派の交響曲でよくあるメヌエットのかわりに、古典組曲に由来するガヴォットが用いられている(譜例)。この楽章はポピュラーな作品になり、『交響曲第3番』(1928年)のソ連での初演(1933年)が行われた際にプロコフィエフは「『3つのオレンジへの恋』の行進曲と『古典交響曲』のガヴォットのみでわたしを判断してもらいたくはない。」と述べている。なお、この「ガヴォット」は、後のバレエ音楽『ロメオとジュリエット』(1935年)において、舞踏会から客人が帰るシーン(第1幕第2場)の音楽に転用されている。

第4楽章 Allegro vivace 2分の2拍子 ヘ長調
自由なロンド形式(A-B-A'-A-B-A"-C-A-B-Coda)。6連符によるタタタタタタのリズムを特徴とし、強弱が激しく入れ替わる。終始6連符のリズムが保たれたままに展開される。楽器の演奏法ではティンパニとファゴットの1オクターブの跳躍が特徴的である。コーダは意表をつく転調によるパッセージが盛り込まれている。同じ和音を保持したまま楽器を次々に移り変わらせていく手法が使われている。
なおこの楽章はソナタ形式と見ることもでき、実際そのように解説されている場合もある。その場合、曲のほぼ半分に相当する前半部は完全にソナタ形式であるので(上記A'が展開部)後半の半分すべてがコーダ(上記A"[注釈 1]以降)となるが、ベートーヴェンの交響曲における最終楽章のコーダは執拗で長大化する傾向があるので、コーダに第2の再現部が入っているという入れ子構造、あるいは提示部(上記A-B)が二度違う形で再現されるという(1回目の再現部はほぼ提示部の繰りかえし。2回目の再現部は他のベートーヴェンの再現部のように大幅に変奏されている)ロンド形式とソナタ形式の複合形式という見方もできる。

楽譜
第8番は初演パート譜(ベートーヴェンが現場で指示した修正が残っているかも知れない)がティンパニ・パートなど断片的にしか残っていないため、資料状況は第7番ほど良くない。しかしシュタイナー社による初版がベートーヴェンの交響曲では初めてスコアとパート譜の両方出版されるなど、第7番との共通点が多い。

自筆スコアが今日まで残っている。第1、2、4楽章がベルリンに、第3楽章はクラクフにある(分割された理由は第7番参照)。既述通り初演ではコントラファゴットが追加されていたが、初演に使われたパート譜が失われているので実際にどのような音が演奏されたのか詳細は不明(出版譜にも採用されていない)。コントラファゴットは10年後の交響曲第9番で個性的な方法で使用されることになる。

初演用のパート譜から集成されたスコア(第3楽章の部分だけベルリンにある)に基づいて版下用の筆写スコアをアントン・ディアベッリが新たに作成。出版前に校正刷りをベートーヴェンがチェック出来たのも第7番同様交響曲では初めての事である。12ページ分しか残っていないが、ベートーヴェンの修正指示があるので意向を知る手がかりとなる。

19世紀後半にブライトコプフ社から旧ベートーヴェン全集を出版されて以来、1世紀以上旧全集版(または部分的に改訂された版)が演奏されて来た。今日でも間違いなく重要な楽譜資料であり演奏にテキスト上の大問題があるわけではないが、全資料を網羅する今日の編集体制とは異なり特定のスコア資料を重用する傾向があるため、テキストが見直された。20世紀末ベーレンライター社からジョナサン・デル・マー(Jonathan Del Mar)校訂の原典版が、21世紀に入ってブライトコプフ社からもペーター・ハウシルト校訂の新原典版も出版され、2020年にはボン・ベートーヴェン研究所の編纂、エルンスト・ヘルトリヒ校訂(児島新の他界により引き継いだ)による新ベートーヴェン全集版もヘンレ社から刊行され、度々刊行延期された新全集版の交響曲の巻はようやく9曲が揃い、原典資料の評価が異なる三種類の新版を比較検討する事が可能になった。ただし出版スケジュールは生誕250年に間に合わせるための慌ただしさから、スタディ・スコアとブライトコプフ社の演奏譜(スコアとパート譜セット)発売が先行し、2020年上半期の時点で新全集版本体=校訂報告付き大型スコアは刊行時期未定である。

「交響曲第8番 (ベートーヴェン)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 最終更新 2025年12月14日 (日) 01:50、URL: http://ja.wikipedia.org )より引用

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